腸内環境が支える健康 呼吸器、さらに新型コロナウイルス感染症にも関係あり!?

便通だけでなく、健康面においても重要性が注目される腸内環境。さまざまな研究により、実は呼吸器とも大いに関係があるということが明らかになってきました。

今回は、腸内環境と呼吸器の関係を紐ときながら、呼吸器感染症である新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して腸内環境が与える影響についてもご紹介します。

監修ドクター
内藤 裕二 先生(一般社団法人 日本ガットフレイル会議 理事長/日本潰瘍学会 理事長/日本酸化ストレス学会 理事長/京都府立医科大学大学院 医学研究科生体免疫栄養学講座 教授)

腸内環境と呼吸器の意外な関わり

腸内環境の状態が呼吸器に影響し、逆に呼吸器からのシグナルで腸内環境も影響を受けることが多くの研究でわかってきています。

この話題を解説する前に、「腸内フローラ」についてご紹介したいと思います。腸内には多様な腸内細菌が棲みつき、種類ごとに集団を形成しています。その様子がまるでお花畑のように見えることから、「腸内フローラ」と呼ばれています。この腸内フローラでは食物繊維をエサにしてさまざまな代謝物質が生み出されていて、バランスと多様性を保つことが腸内環境に重要とされています。

それでは、腸内環境と病気の関わりについてです。
例えば腸内フローラのバランスが崩れた状態で生み出される代謝物質は、腸に関わる病気にとどまらず全身の病気に関与することが報告されています1)
そして、病気の中でも呼吸器に関しては、食物繊維の少ない食事をとっていると酪酸菌という腸内細菌が生み出す代謝物質「酪酸」の濃度が低下し、喘息のようなアレルギー性気道疾患を増加させることや1)、乳幼児期において腸内フローラの多様性が乏しいと、学齢期に喘息を発症する確率が高くなるといった研究結果があります2)。つまり、腸内環境が呼吸器系の病気と関連すること(Gut-Lung Axis;腸肺相関)が注目されています。

さらに、造血幹細胞移植手術という、正常な血液を造ることが難しい病気に対して行われる手術では、合併症として呼吸器感染症を発症しやすいのですが、腸内フローラの中で酪酸菌が占める割合が高いとその発症頻度が低いという報告もあります3)

また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は呼吸器感染症の一つですが、実はウイルスの腸管内感染が多いとされており、インフルエンザを含む呼吸器系のウイルス感染症では腸内フローラのバランスが悪い状態「ディスバイオーシス」が生じるという報告もあります4)

このように、腸内環境と呼吸器には関わりがあることがさまざまな研究の結果わかってきています。

1)Trompette A, Gollwitzer ES, Yadava K. et al. : Nat Med. 20(2):159-66. doi: 10.1038/nm.3444, 2014

2)Abrahamsson, T. R. et al.: Clin. Exp. Allergy 44, 842–850, 2014

3)Haak BW, et al.: Blood. 131: 2978-2986, 2018

4)Li N, et al.: Front Immunol, 10: 1551, 2019

腸内環境は新型コロナウイルス感染症の症状や
後遺症にも関わっている!?

新型コロナ対策のカギとなる予防にも
腸内環境は重要

2019年に発生が報告されて以来、新たな変異株を作り出しながら驚異的なスピードで世界に拡大し続けている新型コロナウイルス感染症。その対策は医学的に、また世界的に重要な課題である中、予防に関しては、外敵を侵入させない「粘膜免疫」の重要性が再認識されています。

では、「粘膜免疫」がどのような仕組みか解説しましょう。

病原体(ウイルス)は、目・鼻・口・気道・消化管などの粘膜や皮膚から体内に侵入します。何層もの構造をもつ皮膚に比べて、粘膜は薄いため、感染の危険が高い場所。そこで「粘膜免疫」が働きます。
粘膜の表面は常に粘液で潤っていて、例えば腸内では杯細胞が常に粘液を作り、分泌することにより、粘膜にくっつこうとする外敵などの異物(免疫反応では抗原といいます)を洗い流しています。

特に腸の粘膜の表面積は皮膚全体の表面積の200倍にも相当し、食べ物や飲み物を通じて病原体と直接触れる機会が多いことから免疫の最前線となっています。中でも大腸は、病原体などの外敵に対して備えるために2層の厚い粘液層をまとっています。この粘液層は大腸のバリア機能の1つです。大腸から産生された粘液が大腸や便をコーティングし、便が直接大腸の壁に触れないようにすることで病原体などから守ったり、便通がスムーズになるようサポートしてくれます。
また、抗原に特異的に反応する物質を抗体といいますが、腸にはIgA抗体という抗体が粘液を土台にして多く存在しています。このIgA抗体が抗原にくっついて無力化し体の外に排出することで、新型コロナウイルスをはじめ腸管内感染をするような病原体に感染しないよう体を守っているのです。

粘膜免疫で重要な役割を果たす
「IgA抗体」の働き

腸内細菌が新型コロナウイルス感染症の
症状を左右する?

新型コロナウイルスの感染によって現れる症状として、咳や息苦しさといった呼吸器症状や倦怠感、味覚障害だけでなく、下痢や腹痛、吐き気・嘔吐などの消化器症状も数多く報告されています。このことから、腸と新型コロナウイルス感染症との関連を垣間見ることができます。
2020年に発表された香港中文大学の研究では、新型コロナウイルス感染症の患者の腸内で有用菌(善玉菌)が不足していることが明らかに5) 6)。軽症者から重症者まで、健常者と比較すると腸内フローラのバランスが崩れていることがわかっています。この崩れが大きいほど感染が深刻になったこと、また重症度が高いほど腸内細菌のうち有用菌(善玉菌)の一つである酪酸菌が不足しているという結果が報告されています。腸内フローラのバランスの崩れと感染の深刻さは、どちらが原因か結果かはまだ定かでないものの、腸内の酪酸菌が少ない場合に感染症が増悪する可能性も考えられます。

5)Tao Zuo, et al. : Gastroenterology,159 :944–955, 2020

6)Qin Liu, et al.: Gut, 0:1-9;2022. doi:10.1136/gutjnl-2021-325989

腸内フローラの乱れは
新型コロナウイルス感染症の後遺症にも影響!?

新型コロナウイルス感染症の後遺症には、倦怠感、息苦しさ、咳、味覚・嗅覚障害といった症状があります。さらに、回復後に長期にわたり出現する後遺症は「ウイルス罹患後症候群」と呼ばれ、脱毛、記憶障害、睡眠障害、集中力の低下などが挙げられます。

これらの症状を引き起こすメカニズムはまだわかっておらず、確立した治療法がないため、いずれも対症療法が中心です。ただし、明確な原因やメカニズムはわかっていないものの、腸内フローラの乱れも関連している可能性が示されています。後遺症のある患者の腸内フローラを調べたところ、腸内フローラの多様性が乏しく、また有用菌(善玉菌)の存在量は後遺症の発症との有意な関連が認められたことが報告されています6)

6)Qin Liu, et al.: Gut, 0:1-9;2022. doi:10.1136/gutjnl-2021-325989

免疫力の維持向上のためにも
腸内フローラを整えよう!

腸内フローラは生活習慣の影響を受けやすい

健康な体を維持するためには腸内フローラが重要であることがおわかりいただけたかと思います。
腸内フローラの状態を決める要因は、有用菌(善玉菌)と有害菌(悪玉菌)のバランスです。このバランスは生活習慣によって大きく変化し、なかでも食事の影響は大きいといわれています。

善玉菌と悪玉菌のバランスが大切。

有害菌(悪玉菌)が増加し、有用菌(善玉菌)が減少すると、腸内フローラが乱れ「ディスバイオーシス」が生じる恐れが。現段階では、ディスバイオーシスが必ずしも病気に直結するとは明らかになっていませんが、便通やおならの臭いで違和感・変化を感じたら医師に相談してみましょう。

良好な腸内フローラを保てるよう善玉菌、
特に酪酸菌を増やす工夫を

善玉菌の1つである「酪酸菌」は、大腸の主要なエネルギー源となり、健康な腸内フローラの維持に役立つ代謝物質「酪酸」を作り出します。
腸内に棲みついている腸内細菌は、種類によって酸素を必要とする度合いが違います。善玉菌の中でも、酸素を苦手とし主に大腸で活動する酪酸菌やビフィズス菌、酸素を必要とせず小腸と大腸で活動する乳酸菌、酸素を好み主に小腸で活動する糖化菌とタイプが分かれます。酪酸は大腸内の酸素を消費させる働きがあるので、大腸で活動する酪酸菌や乳酸菌、ビフィズス菌にとっては酸素が少ない、活動しやすい環境を作ってくれるといえるでしょう。
腸内フローラの良好な状態が維持されることで、大腸のバリア機能を高め、腸管免疫細胞による免疫機能を鍛えることも期待できます。
さらに酪酸は粘膜免疫で重要な役割を果たすIgA抗体の分泌量を多くする作用もあります。

この酪酸を腸内で増やすには、酪酸菌を摂取して増やすか、酪酸菌の働きを活発にする方法があります。
酪酸菌を摂取するには、食事から酪酸菌そのものを摂取できればよいのですが、容易ではありません。なぜなら酪酸菌を含む食品は臭豆腐やぬか漬けぐらいしかないためです。なので、酪酸菌を含むサプリメントや整腸剤も選択肢の一つとなります。
一方、酪酸菌の働きを活発にするには、酪酸菌のエサとなる食物繊維を多く摂ることで、腸内の酪酸菌を育てることができます。
腸内フローラのバランスを良い状態に保つためにも、腸内の酪酸を増やすためにも、食物繊維を意識的に摂るようにしましょう。

参考文献

●内藤裕二「すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢」(羊土社), 2021

●日本消化器病学会 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への消化器病診療における留意点(https://www.jsge.or.jp/news/archives/287)

●Trompette A, Gollwitzer ES, Yadava K. et al. : Nat Med. 20(2):159-66. doi: 10.1038/nm.3444, 2014

●Abrahamsson, T. R. et al.: Clin. Exp. Allergy 44, 842–850, 2014

●Haak BW, et al.: Blood. 131: 2978-2986, 2018

●Li N, et al.: Front Immunol, 10: 1551, 2019

●Tao Zuo, et al. : Gastroenterology,159 :944–955, 2020

●Qin Liu, et al.: Gut, 0:1-9;2022. doi:10.1136/gutjnl-2021-325989

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