監修:國澤 純 先生
(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 医薬基盤研究所 副所長、ヘルス・メディカル微生物研究センター センター長)
免疫細胞の半数以上が腸に集中し、ウイルス・細菌といった感染症の病原体などから体を守っています。腸が“免疫の要”といわれるゆえんです。
腸の免疫システムがしっかりと働くためには、①免疫細胞が活動するエネルギー源を作り出すときの潤滑油となる「ビタミンB1」と、②感染症に立ち向かう免疫細胞を増やし、逆に免疫が暴走することも抑えて免疫バランス調整に働く酪酸とそれを作る「酪酸菌」が必要。免疫を守る腸活の最新情報をお届けします。
同じ年代でも感染症にかかりやすい人、かかりにくい人がいます。また、同じ感染症にかかってもすぐ治る人がいる一方で、長引く人も――。このような違いには、何が関わっているのでしょう。
免疫とは、体の中に侵入した病原体やアレルゲンなど、自らの体を構成する細胞や物質とは異なる「異物」を見分けて攻撃し、排除する防御システムのこと。この防御システムを担うのが免疫細胞です。免疫細胞の半数以上は腸に存在することから、「腸は体内最大の免疫器官」とも呼ばれています。
年齢とともに免疫機能は低下する傾向がありますが、たとえ若くても、ストレスや疲労がたまったり、生活習慣が乱れると免疫機能が低下して病気にかかりやすくなるのは誰もが経験することでしょう。
この腸の免疫の仕組みが円滑に動くために重要な役割を果たすのが「ビタミンB1」、腸内にすむ“酪酸菌”などの多様な「腸内細菌」、そして、それらの腸内細菌が作り出す“酪酸”などの「短鎖脂肪酸」という物質です。
免疫細胞が病原体と闘うための教育を受け、活躍する腸は、食べたものから必要な栄養を吸収する臓器でもあります。免疫細胞の多くは小腸にいますが、小腸と外界を隔てているのは、たった一層の薄い細胞のシート。この構造は、栄養を効率よく吸収するのには適していますが、その一方で、異物を侵入させやすいというリスクも抱えています。そこで、前線となる腸の細胞シートの内側である腸の“粘膜固有層”には、無数の免疫細胞が待機しているのです。
腸には、複数のバリア機能が存在します。粘膜の表面には、ネバネバした粘液が張り巡らされていて、病原体の体内への侵入を阻止します。もし病原体が粘液を潜り抜けて腸の中にまで侵入したとしても、免疫細胞が排除するために動き出します。その時に大切なのが、腸に点在する「パイエル板」という免疫細胞の学校ともいうべき場所です。
具体的には、パイエル板において、免疫細胞の一つである「樹状細胞」が病原体の情報を受け取り、その情報を受け取った「T細胞」「B細胞」が、病原体と戦うために教育をうけます。その後、B細胞は「抗体」という物質を製造、T細胞は病原体に感染した細胞を排除する機能を獲得し、それぞれ次に同じ病原体が入ってきたときのために備えます。
さらに、腸で作られた免疫細胞は腸のみで働くわけではありません。免疫細胞は体中を動き回ることができるので、全身をめぐって、必要とされる場所で病原体と戦います(図1)。
加えて大切なのは、腸の免疫システムが外から入ってきた異物すべてを攻撃するわけではない、ということです。なぜなら、食べ物の栄養成分や有用菌は、異物であっても吸収、または共存することが必要な有益な成分だから。そこで免疫システムは「有益なもの」と「有害なもの」を区別し、有害な異物のみを攻撃する「免疫寛容」という仕組みを備えています。
【図1】腸は、ヒトの免疫システムの中心的な役割を担う
腸粘膜付近には免疫細胞がびっしりと集まっている。粘膜表面を覆うネバネバの粘液層が異物の侵入を防御、それでも粘膜内に病原体が侵入すると、「M細胞」が病原体を「パイエル板」(免疫細胞が集まる組織)に送り込む。パイエル板では樹状細胞が病原体の情報を集め、「B細胞」がその情報をもとに抗体を作り、さらに感染した細胞は「T細胞」が攻撃できるよう、次の病原体の侵入に備える。また、腸で作られたこれらの免疫細胞は全身をめぐり、体中の組織で病原体と戦う。(図:國澤先生の資料をもとに編集・作成、右下写真提供:國澤先生)
「有益なもの」と「有害なもの」を区別し、有害な異物のみを攻撃する、という非常に高度な識別機能を持つ腸の免疫システム。この仕組みを医療で利用しているのが、ワクチンです。
安全な状態にした病原体やその一部をワクチンとして接種しておくと、それを持つ本当の病原体が体内に入ってきたときに感染しにくくなったり、たとえ感染しても症状が軽くすむようになったりします。これは、ワクチンとして投与された病原体の情報を免疫システムが「記憶」しているおかげ。免疫システムは、有害なものの情報を記憶し、本物の病原体が入ったときにすばやく攻撃する「教育」を受けているのです。
腸において免疫細胞の教育機関の中心となっているのが、前述した腸に存在する「パイエル板」という組織です。パイエル板で免疫細胞がきちんと教育を受けることができなくなると、体を病原体から防御できなくなってしまいます。
このパイエル板の維持にビタミンB1が欠かせないことが新たにわかってきました。マウスの試験で、ビタミンB1が不足したエサを食べたマウスのパイエル板は、サイズが大幅に縮小してしまうことが確認されたのです。脾臓やリンパ組織、胸腺など、免疫の教育を行う他の免疫器官も、同様にビタミンB1不足になるとサイズが縮小しました。そして、このマウスにワクチンを打っても、体内には抗体がほとんど作られませんでした(図2)。
【図2】ビタミンB1が欠乏すると腸のパイエル板は縮小し、ワクチンに対する抗体産生量も低下
ビタミンB1が欠乏したエサでマウスを育てると、免疫細胞の教育を担う「パイエル板」が大幅に縮小し、B細胞、T細胞といった免疫細胞も減少した。通常のエサで飼育したマウスと比較して、ビタミンB1不足のマウスでは、ワクチン投与後の糞便中のIgA抗体の量も大幅に減少した。(データ:Cell Rep. 2015 Oct 6;13(1):122-131. 画像提供 國澤先生)
ビタミンB1が欠乏すると、なぜパイエル板が縮小してしまうのか? そのカギを握るのが、ビタミンB1が担うエネルギー代謝の働きです。
ビタミンB1は、ヒトの体内で細胞が活動エネルギーを生み出すときに不可欠な栄養素です。実際に、ビタミンB1が欠乏したエサで育てたマウスの腸管を観察すると、クエン酸回路(TCA回路)という“細胞のエネルギー産生工場”がうまく回らなくなり、作られるクエン酸の量が明らかに少ないことが確認されました。
クエン酸回路は、これから教育を受けて全身をめぐろうとする、いわば“若手の免疫細胞”が必要とするエネルギーの供給源でもあり、パイエル板という免疫細胞の教育機関を維持するために使われるエネルギー供給源でもあります。ビタミンB1不足でクエン酸回路が回らないと、若手の免疫細胞が減ることでパイエル板が縮んでしまい、その結果、免疫細胞の活性は落ち、必要な免疫教育が行われないので免疫細胞が十分に働けなくなるのです。
この研究結果から、私たち人間も、ビタミンB1が不足する状態が続くと、免疫細胞の教育がうまく行われず、インフルエンザなどの感染症にかかりやすくなったり、ワクチンを接種しても抗体がうまく作られず、免疫効果が発揮されなくなったり、といった事態に陥ることが危惧されます。
もう一つ、ビタミンB1は腸内細菌の働きにも重要な働きを持っていて、さらに腸の免疫にも影響を与えます。それは腸で活動する有用な腸内細菌のうち、酪酸菌が生きるためになくてはならない栄養素だということです。酪酸菌は腸の免疫バランスの維持に欠かせない菌ですが、それについては後述します。
ビタミンB1は、私たち人間は作ることができないため、食事から摂取する必要がありますが、多くの腸内細菌は自分でビタミンB1を作ることができます。しかし、興味深いことに多くの「酪酸菌」は、自分でビタミンB1を作れないのです。
つまり、腸内のビタミンB1が不足すると、酪酸菌が自身の活動のためのエネルギーを作る際の潤滑油として働くビタミンB1が少なくなってしまうので酪酸菌が減ってしまい、結果として、酪酸などの必要な短鎖脂肪酸が作れなくなってしまう、というわけです。
まとめると、ビタミンB1不足だと、①若手の免疫細胞が減り、さらにその教育機関であるパイエル板が小さくなる、②免疫のバランス維持に重要な役割を果たす酪酸菌が減ってしまう、という大きな免疫の危機を招くことになるわけです。
そのうえビタミンB1は、腸の基本の役割である消化や吸収・排泄のための「ぜん動運動(腸の内容物を先へ先へと運ぶための運動)」の燃料産生にも関わっています。ぜん動運動がないと、そもそも食べたものの栄養が私たちの体に補給されず、排泄も滞ります。
約1万人の米国人の食事記録からビタミンB1の摂取量と便秘の発生の関係を調べた研究では、食事からのビタミンB1摂取量が多くなるほど便秘のリスクは低下していたという報告があるほどです1)。
ビタミンB1は腸の元気に不可欠な、必須「腸活ビタミン」といえそうです。
1)BMC Gastroenterol. 2024 May 17;24(1):171
ビタミンB1をエネルギーの潤滑油として取り入れた酪酸菌は、腸にいる多くの他の腸内細菌と連係を取りながら、私たちが食べた物から「酪酸」などの短鎖脂肪酸を作り出しています。
短鎖脂肪酸は、ヒトの健康に大きく寄与する有用物質で、その代表は酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種類。
このうち「酪酸」には、免疫の暴走を抑えるタイプの免疫細胞(制御性T細胞)を作り出す役割もあります。つまり、酪酸は免疫のブレーキに関わる調整役として働き、免疫のバランスを保っているのです。
病原体を攻撃するという免疫機能がいかに大切かはよく知られています。一方で、勢いづいた免疫が暴走することは非常に危険です。
この“免疫の暴走”は、最近では新型コロナウイルス感染症で注目されました。新型コロナ感染後に多くの方が重症化する原因となったサイトカインストームです。“ウイルス感染を抑えよ”と指示する信号(サイトカイン)が止まることなく作られ続けることで、免疫細胞が正常な肺の細胞まで攻撃し、呼吸不全に陥るケースが相次ぎました。
このように、免疫細胞が誤って暴走し「有益なものまで攻撃してしまう」ことがあります。この免疫の暴走を防ぐのが「制御性T細胞」。酪酸はこうした抑制タイプの免疫細胞が作られるときにも必要な物質なのです。
直接病原体を排除する免疫系を調整する働きに加えて、酪酸は、腸の細胞同士を強固に結合させ、異物が腸に侵入しないように守る「大腸のバリア機能」を維持することにも役立っています。幾重にも免疫システムの維持を支えているわけです。
実際に、酪酸を作る酪酸菌が腸内で約10%増えると、感染症による入院リスクが有意に減るという海外の長期観察研究もあります(図3)。
【図3】腸に酪酸菌が多い人は感染症による入院リスクが低かった
オランダ、フィンランドで行われた2つの大規模調査をもとに、腸内フローラの構成と重度の感染症発症率の関連を調べた。その結果、腸内で酪酸菌の相対的存在量が多いほど、重度の感染症発症率が低くなった。(データ:Lancet Microbe. 2024 Sep;5(9):100864.)
また、酪酸菌および酪酸は2型糖尿病リスクを低下させることも確認されていますが、ここにも免疫が関わっている可能性があります。
2型糖尿病患者を対象にした多くの研究において、Faecalibacterium属、Clostridium属、Akkermansia属といった酪酸菌の減少が観察されています2)。
また、100人の住民を対象に短鎖脂肪酸と2型糖尿病の相関を見た中国の研究では、2型糖尿病患者で酢酸と酪酸の相対的存在量が低いことがわかりました3)。
2)Cell Host Microbe. 2024 Aug 14;32(8):1280-1300.
3)Br J Nutr. 2024 May 28;131(10):1668-1677.
腸内に十分なビタミンB1が供給され、それをエネルギー源にする酪酸菌が元気に働いていることが、腸から始まる全身の免疫維持にいかに重要な役割を果たしているかがおわかりいただけたのではないかと思います。
ここからは実践編。腸内環境を整え、免疫細胞が正しく働く「免疫腸活」のために、以下の3つの方法を実践してみてください。
腸の活動、免疫細胞のエネルギー産生に関わるビタミンB1を不足しないように摂りましょう。自分でビタミンB1を作れない酪酸菌のエネルギー産生の際の潤滑油にもなり、酪酸菌が酪酸を生み出すプロセスを支えます。
ビタミンB1は玄米や豚肉、大豆などに豊富に含まれます。ニンニクやタマネギに含まれるアリシンはビタミンB1と結合し、腸管での吸収がよいアリチアミンに変わるので、ビタミンB1が豊富な食材とあわせてこれらの食材をとるのもお勧めです。
国民健康・栄養調査(令和5年)を見ても、現代人は食事から摂取するビタミンB1が不足しがちです。そのため、食事だけでなく、サプリメントや市販薬なども活用するといいでしょう。ビタミンB1は水溶性で吸収されにくく、体内に長時間とどまらない性質があります。ビタミンB1の吸収性を高めて長く体内にとどまるように工夫されたビタミンB1誘導体の医薬品成分、「フルスルチアミン*」も注目成分の一つです。
*フルスルチアミンを配合する特定の製品を推奨するものではありません。
腸の免疫細胞が働く環境である腸内フローラを豊かにするには、複数の菌同士が共生することが大切です。下図に示すように「菌のリレー」が最後までつながることで、酪酸菌のエサができて、酪酸が作られます(図4)。この考え方をもとに食事に反映すると、第1ステップに必要な糖化菌は納豆から、第2ステップに必要な乳酸菌やビフィズス菌は、ヨーグルトやキムチなどの発酵食品でとるのがよさそうです。
第3ステップの酪酸菌は一般的な食品からは摂りにくいので、これらの有用菌を配合したサプリメントや市販薬などを活用するのもいいでしょう。
有用菌を含む食品を選ぶときには、特定のものに絞らず、複数のものをローテーションして食べるのがポイント。それぞれの人の腸内フローラはほぼ変わりませんが、外側からこれらの多様な菌を通過させることで、何らかの刺激や働きをもたらしたり、もともとすんでいる菌の構成のバランスを変えていく可能性があると考えられています。なお、菌との相性は人それぞれなので、便秘や下痢が起こったら摂取する食品の種類を変えてみましょう。
【図4】「菌のリレー」がスムーズでないと酪酸菌は酪酸を作れない
腸内細菌は、私たちが食べた食物繊維などをエサにして、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸を作るが、菌によって作り出す短鎖脂肪酸は異なる。
第1ステップでは、食物繊維をエサにして糖を作り出す「糖化菌」が活躍。第2ステップでは、糖化菌が作った糖を「乳酸菌」や「ビフィズス菌」が食べて、乳酸や酢酸を作る。第3ステップで、この酢酸や乳酸を「酪酸菌」や「プロピオン酸菌」が食べて「酪酸」や「プロピオン酸」を作る。菌たちは、このようなリレーをしている。多種類の腸内細菌によるリレーが最後までつながって酪酸が作られることで、免疫機能が維持されているのだ。
腸内細菌のエサとなり、菌のリレーの出発点となるのが、食物繊維やオリゴ糖。食物繊維は糖が鎖のように長くつながっていて、ヒトが消化・吸収できないため、ほぼそのままの状態で腸に運ばれ、腸内細菌がエサにして酪酸などの短鎖脂肪酸を作り出します。糖が3~9個ほどつながったオリゴ糖も食物繊維と同様に、腸内細菌が好むエサとなります。
腸内細菌がエサにしやすい食物繊維は「発酵性食物繊維」と呼ばれています。
発酵性食物繊維は、全粒穀物、根菜類、イモ類、豆類、海藻類などに豊富に含まれます。これらの食材を幅広くバランス良くとることが、多様な腸内細菌にエサを与え、育てることにつながるのです。
発酵性食物繊維(イヌリン)の投与により腸で作られた酪酸が、肺で、免疫細胞の「キラーT細胞」を増やしてインフルエンザウイルス感染を抑制したというマウスの実験があります4)。
また、2型糖尿病患者が発酵性食物繊維を摂取したところ、酪酸が増え、血糖値の指標であるHbA1c値が低下したという研究結果も発表されています5)。
4)Immunity. 2018 May 15;48(5):992-1005.e8.
5)Science. 2018 Mar 9;359(6380):1151-1156.
食以外にも、腸の健康を向上させ、免疫を高めるためにできることがあります。
規則正しい生活リズムを心がけ、睡眠を十分にとること。夜10時から2時にかけては副交感神経が優位となり、この時間に眠っていることは腸の活動が適切に行われるためにも必要なことです。
週に2~3回は息が上がる程度の運動も有用です。身体活動量と腸内フローラの関係を調べたスウェーデンの研究によると、活動量が中強度および高強度の運動を多くする人は酪酸菌が多いことがわかりました6)。
疲れやすさや風邪の引きやすさ、治りにくさは腸内フローラの乱れによる免疫機能の低下を教えてくれるサインかもしれません。腸と腸内細菌が持てる力を存分に発揮してくれるための環境づくりこそが、感染症などに負けない体づくりのコツなのです。
6)EBioMedicine. 2024 Feb:100:104989.
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 医薬基盤研究所 副所長、ヘルス・メディカル微生物研究センター センター長
1996年、大阪大学薬学部卒業。2001年、薬学博士(大阪大学)。アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校への留学後、2004年、東京大学医科学研究所助手、准教授などを経て2013年から医薬基盤研究所プロジェクトリーダー。2019年からセンター長、2024年から現職。東京大学や大阪大学、神戸大学、広島大学、早稲田大学の客員教授や招聘教授を兼任する。